今年頑張りたいこと

あっという間に1月も折り返し地点に来てしまいました。

今年のうちにやりたいことをメモします。

  • なるべく本を読んでブログに記事を書くこと。ビジネス書なんかじゃなくて、ワクワクするお話をたくさん読みたい。
  • 旅行に行く!
  • 早寝早起き、週に一回はジムに行って、健康を保つ
  • プログラミングをできるようになりたい!
  • ホームページを作ってみる。(2月くらいまでに?)
  • 地図ページを作ってみる。
  • to do list を作ってみる。(6月くらいまでに!)
  • 親戚のサイトを作ってみる。(今年中に!)
  • javaの勉強を進めてみる。

去年は精神的につらい日が多かったので、今年はもっと楽しい一年になりますように。

仲間たちとの出会いの物語『ムーミン谷の彗星』

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天文台に向かうムーミン

『ムーミン谷の彗星』は、みなさんお馴染みのスナフキンやスノークのお嬢さんが初登場する小説です。

みどころ
  • スナフキンやスノークのお嬢さんとの出会い
  • 彗星が近づいてきたときの不穏な雰囲気
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(ほのぼの + ぞわぞわ) ÷ 2 なムーミン一家の日常を描く 『たのしいムーミン一家」』

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ムーミンシリーズ第三作の「たのしいムーミン一家」を読みました。ムーミンバレーパークで上演されていた「ムーミン谷に春が来た!」のエピソードも収録されていました!だいぶホラーな展開もあったので、お芝居を見た当時は「脚本の人どうしちゃったの?」とも思いましたが、まさか原作準拠だったとは…。

 

ムーミンのお話ってほのぼのしていそうなのに、意外とそうでもないのも含まれているよね

みどころ
  • 不気味な雰囲気のお話も意外と含まれている
  • たくさんのキャラクターが生き生きとしている!
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『小さなトロールと大きな洪水』ムーミンシリーズ第一作!初期ムーミンはちょっと不細工?

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ムーミン

『小さなトロールと大きな洪水』はムーミンシリーズの作者であるトーベ・ヤンソンがシリーズで最初に手掛けた作品です。本作を入れるとムーミンシリーズ(小説)は全部で9巻ですが、本作ではまだ設定が固まりきっていなかったのか、ところどころよく知られたムーミンと異なる点もあります。おもな見どころは下記の通り!

みどころ
  • 初期ムーミンのルックスが今と違う!
  • 小さなムーミンの大冒険

 初期ムーミンの顔は衝撃的なので、ぜひ一度見てみてほしい!

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三浦春馬主演『罪と罰』を見て来た

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サンクトペテルブルク・センナヤ広場にて

先日、シアターコクーンにて上演中の『罪と罰』を見てきました。

何度か読んだことのある作品でしたが、舞台という異なる表現形式で鑑賞することで新たな発見がありました。思い描いていた人物像がそのまま具現化されたようなラスコーリニコフ、小説ではつかみきれなかった人物像が見事に表現されていたラズミーヒンとポルフィーリー。一方でソーニャは私のイメージとは異なっていたけれど、その相違点を通して他の解釈の可能性に気づきました。初めての舞台でしたが、勇気を出していってみて良かったです。

ラスコーリニコフ・ラズミーヒン

とにかく演技が上手かったです!ラスコーリニコフは終始猫背気味で神経質で、まるで小説の中から飛び出してきたかのようでした。

ラズミーヒンは、正直小説を読んでいた時はキャラクターを掴み切れていませんでした。捻くれていたり癖のあったりする人物が多い小説の中、ラズミーヒンは本当に「いい奴」なので、私の中では浮いてしまって、流し読みしていました。今回の舞台では底抜けに明るく、またドゥーニャへの愛情を時にコミカルに演じてくれていて、「こういう人なのね」とラズミーヒンの人物像をスッと理解出来ました。

舞台の後で小説を読み返してみると、この二人の台詞が役者さんの声で脳内再生されるようになっていました。舞台って、小説をそのまま具現化するだけじゃないんですね。舞台にすることで、動作や話し方など、新たな情報が付け加えられる。それは自分のイメージと同じかもしれないし、違うかもしれないけれど、共通点や相違点を通して、明確には意識されていなかった点が浮かび上がってきます。舞台を見ることで、小説を読む営みがより深くなるというのは、今回の新しい発見でした。

ソーニャ

小説を読んで膨らませていたイメージと舞台で受けた印象が一番異なっていたのがソーニャでした。

元々彼女のことは、おどおどと怯えがちな、か弱い女性であるとイメージしていました。実際、小説では「怯えるように」「か細い声で」などと形容されている場面が多かったです。また、彼女は他人のために自分の全て差し出してしまうようなところがあります。家族の窮状を救うために娼婦に身を落としていますし、無抵抗なまま殺されたリザヴェータとも元々仲が良く、重なるところがありました。

一方、舞台でのソーニャは「強い女性」として描かれているように感じました。くすんだ色の衣装を着ている人物ばかりの舞台で、娼婦の真紅のドレスを着て常に小走りで移動する彼女は、視覚的にもインパクトがありました。また、か細い声で話す場面はほぼ見られず、特にラザロの復活を読み聞かせる場面では、興奮したラスコーリニコフと怒鳴り合いのようにもなっていました。

ただ、もう一度小説を読み返してみると、確かにラスコーリニコフと二人話し合う場面では、ソーニャもだんだんとヒートアップしていることが読み取れました。「段々とか細い声で」などの形容詞の代わりに「叫んだ」のような動詞が使われ、語尾には感嘆符がつくようになっていきます。舞台ではソーニャのこうした一面、芯の強さをより強調していたように思います。また、彼女にはリザヴェータと同じく自分の全てを差し出してしまう無力さと、ラスコーリニコフと同じく一線を越えて罪を犯してしまう(娼婦になる)一面が同居していましたが、この舞台では後者に焦点を当てていたようでした。

か弱いソーニャも見たかったけれど、舞台を通して彼女の異なる一面に気づくことができました。

ポルフィーリー

舞台の可能性を一番感じさせてくれた人物です。老婆殺害事件の犯人としてラスコーリニコフが怪しいと睨んでいたポルフィーリーは、しばしば彼に心理戦を仕掛けます。日常的な世間話から始めて、だんだんと事件の核心に迫り、心理的に追い詰めていくのです。

舞台では世間話をしながら椅子などの小道具を舞台裏へ放り投げたり、シーツを畳もうとしているのにおしゃべりに夢中で一向に畳めていなかったり、コミカルな仕草が印象的でした。それが段々と真剣な雰囲気になり、落ち着いた声でラスコーリニコフを追い詰めていくシーンは必見です。舞台だからこそできる表現で、小説の世界をいっそう生き生きと描いていました。

 

学ぶこと多く、大興奮の舞台でした!!

またほかの作品もみて観たい、他の作品ももっと深く読んでみたい!!素敵な舞台を作り上げてくれた皆さんに感謝感謝です。

2018年を振り返って

去年の下書きが残っていた…2019年版はまた今度

 

 

2018年は大きな変化を伴う年でした。2019年を迎える前に振り返ります。

点数をつけるなら…仕事:30点、プライベート:55点。あまりいい一年ではなかった。

初めての社会人生活

一番の大きな変化は、大学を卒業して社会人になったことでした。

就活のとき、自分なりにあれこれ考えたつもりだったけど、当時の選択が正しかったのかはあまり自信ありません。今思えば、「一般職」「地域限定」の働き方も真剣に考えるべきでした。そこそこ学歴があったため、周りも総合職受けてる人が多く流されてしまったけど、社会人になってそうでない人を見ていると羨ましくなることが多々あります。「学歴があるのに一般職は勿体ない」なんて言葉信じるべきではないです。過去より未来を考えて、理想とするライフスタイルで選ぶべきです。働き始めてから悶々としている時間の方が勿体ないです、マジで。

総合職だから、より難しい仕事を任せてはもらえるけど、正直に言えばそれをチャンスだと捉える気持ちより、尻込みしてしまう気持ちの方が大きい。取引先や客に必要以上に声を荒げて怒られると悲しくなる。総合職の女性の先輩で結婚して子供がいる人は思ったよりかなり少なかった。すごく昇進しているわけではないけど、少しずつステップアップしながら、時短で子育て両立してる一般職の先輩が羨ましい。仕事と家事・育児の両立は大変だろうけど、総合職でするよりは無理が少ないだろうと思う。そもそも、次の異動で遠隔地になったら…辞めるしかない。

帰宅後、お勉強しないといけないなぁ、とは思っていたものの、それもほぼできませんでした。勉強・机に向かうこと自体は嫌いじゃないはずなのに。帰宅してからもお仕事のこと考えるのが嫌でたまりませんでした。

転職して”やりたいこと”を仕事にできたら、もっと毎日ワクワクして、伸びるんじゃないかなあ。でも、社会で”やりたいこと”なんてないや。(お嫁さんにはなりたい。子供も欲しい。でも社会にこうしたいとかはない。)今の会社は上司も先輩もいい人ばかりなのに、ネガティブなこと考えちゃって申し訳ないなあ。もやもやもやもや。って一年でした。

私の中では絶対にキャリア<<<<<<<家庭なので、来るべき時が来たら転職なりなんなりしてそれなりに働けばいいと思っているのですが、結婚も出産もまだ先の話なのでそこまでの踏ん切りがつかないのが現状です。2年目か、3年目が終わるまでは頑張るんだと思う。でも、毎日泣くような日々が続くなら転職しようかな。来年はもう少し笑顔で出勤できるといいな。一番理想と現実にギャップがありました。

初めての一人暮らし

帰宅後はお料理してます。掃除・洗濯も一人でやらざるを得ません。スーツにカビ生やしたり、ジャガイモからにょきにょき芽を育てちゃったり、ミカンを腐らせて真っ白の紙粘土みたくしちゃったり、失敗だらけだったけど、着実に家事出来るようになってるのは楽しかったです。一人なのは寂しいから早く結婚したいけど、それまでに一人暮らしの期間を得られたのはありがたかったです。

趣味

学生時代から趣味だった旅行を継続していました。秋に仕事がつらくて、働く意味がほしくて、お給料を使えば楽しくなるかと思って毎月一旅行を自分に課しました。最初は楽しかったし、遠方の友人に会えるのも嬉しかったけれど、旅行で生活がHAPPYに変わるなんてことはありませんでした。「仕事戻りたくない…」という気持ちを抱えたままの旅行は、あまり楽しくなかったです。

来年はタスク的にこなすのではなく、心から行きたい場所に行きたいと思います。

あと、今年からダンスを始めました。まだ始めて半年もたっていませんが、ちょっとずつ上手くはなっているので、嬉しいです。上達して褒められるのは嬉しいです。

来年の目標

今年よりも笑顔とロマン溢れる一年にしたい。

・仕事はやるべきことをさっさと終える。一年かけて、向き合い方を考える。(もう自己研鑽とか成長とか目標にしても綺麗事でしかないので…無理なく、少しずつ向き合っていこう。それで、来年も一年振り返ってネガティブだったら、仕事を好きになれていなくて、自分で動けてないままだったら、…それ以上うだうだするの止めて、転職か異動かしよう。)

・冒険旅行をする(ちょっと変わった場所に旅行に行きたい。)

・文学と外国語(新しいアイデンティティがほしい)

暇な時間に無意味にスマホを見ちゃうの止めて、少しずつ本読む時間を増やしたいな。

アンナ・カレーニナ ヴロンスキーの物語を観た

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先日有楽町にて『アンナ・カレーニナ ヴロンスキーの物語』を観て来ました。

あらすじ

ベースはトルストイの『アンナ・カレーニナ』なのですが、舞台設定が独特でした。時は日露戦争時、場所は満州。アンナとカレーニンの間の息子、セルゲイは成長して軍医となり、満州の戦場で母の愛人であったヴロンスキーと再会します。「母を憎む人からしか、母の話を聞いたことが無い」と自身で語るセルゲイは、ヴロンスキーにアンナの話をするよう頼みます。それに応じてヴロンスキーがアンナとの日々を想い出し、語る…というのが大体の筋書きです。

小説との違い

一番の違いは、前述の通り舞台でしょう。他に、小説に居なかった人物として満州の娘、春生(シュンツェン)が登場します。ヴロンスキーは彼女に対し保護者のような愛情を感じ、最後には迫りくる日本軍から逃がしてやるのですが、正直彼女が登場した意味は良く分かりませんでした。

もう一つは、映画ではアンナと愛人ヴロンスキー、夫カレーニンの話にのみ焦点が当てられていたこと。破滅的な運命をたどるアンナとヴロンスキーとは対照的に、小説には結婚生活の中に幸せを見出すキチイとレーヴィンの夫婦が登場します。また、アンナの浮気性の兄、オブロンスキーとドリーの夫婦も全編を通して出番がありました。

一方映画ではキチイとオブロンスキーが少々登場するだけで、彼らに関する描写はバッサリと省略されています。勿体ない気もしましたが、登場人物への説明の少なさからして小説を読んだことがある人を視聴者として想定しているようなので、そうした焦点の絞り方もありなのかな、と思いました。

その分、小説で印象に残っていたアンナのシーンはどれも色鮮やかに再現されていました。鉄道での出会いのシーン、競馬でヴロンスキーが落馬したのを見て泣き崩れるシーン、オペラを見に行って社交界から爪弾きにされるシーン…、こちらまで感情移入してしまって心を揺さぶられます。

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サンクト・ペテルブルク

鉄道駅へ向かうアンナ

一番印象的だったのは、自殺するべく鉄道駅へ馬車を走らせるアンナのシーンでした。馬車の中のアンナは低い声で怒りや憎しみを露わにし、低温で迫力のあるBGMが彼女の悪魔のような恐ろしさを一層際立たせます。

でも…この時のアンナをヴロンスキーは見ていないはず。そもそも映画の最初で、セルゲイは「母を憎む人からしか話を聞いたことが無い。だから、母を愛したあなたから話を聞きたい」とヴロンスキーに言っています。人によって物事の見方は変わる。悪魔のように憎しみを露わにするアンナは、ヴロンスキーが想像したものでしかありません。

では、本当のアンナは、あの時馬車の中で何を考えていたのでしょうか。

ヴロンスキーの手紙が間に合っていれば、死ななくて済んだのでしょうか。

それは…

原作を読んだのが大分前なので忘れた。